剖検講習会

症例

【症例】68歳,女性
【主訴】食欲不振,嘔気,めまい
【職業】主婦(元事務職20〜40歳)
【家族歴】特記すべきことなし.
【嗜好歴】たばこ(−),アルコール(−)
【既往歴】29歳時に某大学病院で高血圧とレイノー現象を伴う手指の腫脹,皮膚硬化,肺線維症を指摘され全身性強皮症と診断。ステロイドをはじめとする治療を受けていた。
53歳時にはステロイド糖尿病を発生しステロイドの減量,食事療法,経口血糖降下剤で経過観察されていたが,HbA1cは8%前後であった。
58歳時には骨粗鬆症,腎機能不全BUN 25mg/dl(8−20)、Cr 1.0mg/dl( 0.4−0.8)を認めたが,膠原病の悪化を予防するため治療の変更はおこなわれず経過をみることとなった。全経過中にわたり網膜症、神経障害は指摘されていない。
【現病歴】(68歳時)入院2ヶ月前より,食欲不振,嘔気,めまいを自覚。検診で左中肺野の小腫瘤影を指摘され来院。
【入院時現症】身長147cm,体重29.5kg,体温36.6℃,血圧160/82mmHg. 意識は鮮明。眼瞼結膜に貧血あり。手指先の腫脹、白色硬化あり。心音は著変なし。両下肺野中心にfine crackleを聴取。

【入院時検査データ】
血液一般 WBC 6.9×103/μl(4.0−8.0),RBC 242×104/μl(369−493), Hb 7.3g/dl(13.3−17.1), Ht 22.4%(38.3−51.3), Plt 39.8×104/μl(15.5−36.7)
生化学 TP 7.0g/dl(6.7−8.3),Alb 3.3g/dl(3.9−4.9),AST 19 IU/l(8−38), ALT 5 IU/l (4−44),LDH 210 IU/l (106−220),T-Bil 0.3mg/dl(0.2−1.2), Na 134mEq/l(135−144 ),K 5.1 mEq/l(3.4−4.9),Cl 105 mEq/l(98−110), BUN 26mg/dl (8−20),Cr 1.49mg/dl(0.4−0.8),T-Cho 221mg/dl, (130−220),CRP 0.08mg/dl(0.0−0.3 ),3BS 68mg/dl(70−110),HbA1c 4.7%(3.6−5.8)
尿検査  尿蛋白(3+),尿糖(−),潜血(2+)
抗核抗体 80倍(Homogenousとspeckled). その他自己抗体(トポイソメラーゼT, セントロメア,Jo-1, RNP, SS-A, SS-B を含め)陰性。
腫瘍マーカー CEA 23.7ng/dl(5.2以下),AFP<3.0ng/dl(8.5以下), SCC 2.7ng/ml(1.5以下)、CYFRA 1.8ng/ml(3.5以下), SLX 135U/ml(38以下)

【入院後経過】
入院直後に腹痛が出現。画像上イレウスと診断。イレウスチューブを挿入。内視鏡検査で下行結腸に腫瘍が見つかり開腹切除を施行。
術後高血圧(最高180〜200mmHg)がつづきコントロール不良。尿量の減少と貧血が進行したため輸血を施行。術後18日目にはタール便が出現。
また術後、発熱と白血球数の増加をみとめた(24.0×103/μl)。
術前はBUN 8mg/dl,Cr 1.34mg/dlであったが徐々に腎機能が悪化し術後23日目には(BUN 181mg/dl,Cr 3.02mg/dl)となり,アシドーシス,高カリウム血症(K 6.0mEq/l)および意識障害が進行。ケイキサレート使用したが呼吸障害が進み死亡。

臨床的問題点

  • 1.消化管出血の原因として何が考えられるか。
  • 2.左中肺野に見られた小腫瘤影は何であったか。
  • 3.腎不全の原因として何が考えられるか。

病理解剖所見

死後3時間17分で剖検が開始された。身長 145cm,体重 30kg

外表および肉眼所見

体格は小柄.骨格は整.手指の腫脹がみられる。バチ状指はなし。
両側前腕から末梢、下腿から末梢、口唇周囲、背上部、胸部の皮膚の硬化を認め、手指は腫脹していた。
瞳孔左右5mm。眼瞼結膜は貧血性。胸廓は左右対称。腹部正中線上に手術創あり。
表在リンパ節は触知せず、血液沈下は軽度で褥創なし。
主要臓器重量 :心(260g),肺(左315g, 右320g),肝(1115g),脾(35g)、腎(左70, 右70g),
副腎(左3.5g, 右3.0g),脳(1140g),下垂体(0.8g)

主要臓器所見

生前の下行結腸手術検体を(図1)に示す。腫瘍の大きさは6X4cm大であり切除端に腫瘤は見られなかった。採取されたリンパ節に転移はみられなかった。
腹水はごく少量で術創部,腸管吻合部(図2)はきれいで腹膜炎の合併はみられなかった。
胸水は極少量であった。
左肺はほぼ全面にかけて線維素線維性の癒着があり肺尖部に索状の癒着を認めた。
両肺とも横隔膜面から背側にかけ胸膜の凹凸がみられ硬度を増していた。
右肺前額断を(図3)に,左肺前額断を(図4)に示す。左肺の小結節を(図5)に示す。
心嚢液は少量であり心外表面では著変はみられなかった。冠状動脈の硬化は軽度であった。心割面を図6に示す。
左右腎の被膜の剥離は容易で左腎盂粘膜には出血がみられた(図7)。
肝の割面は(図8)に示す。胆嚢には径5mm大の黒色でもろい結石が2個含まれていた。
脾は硬く白脾髄は保たれていた(図9)。
食道には逆流性変化を認めた。胃内容は泥状の粘液であった。
十二指腸には幽門輪より3cmの部に出血を伴った最大径10mm大までの2対のkissing ulcerが形成されていた(図10)。
腸内容はタール状であったが吻合部,下部消化管の出血はみられなかった。
大動脈硬化は中等度で石灰化を伴っていたが,両側内頚外頚動脈に血栓形成はみられなかった。脳底動脈の硬化は軽度であり髄膜の混濁はない。大脳前額断を(図11)に示す。

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図1.下行結腸手術標本
図2.下行結腸吻合部
図3.右肺前額断
図4.左肺前額断
図5.左肺結節病変
図6.心臓水平断
図7.腎臓
図8.肝臓
図9.脾臓
図10.十二指腸
図11.大脳前額断

組織標本(バーチャルスライド)

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1.下行結腸手術標本
2.左肺S9
3.左肺S4(画像でみられた小腫瘤影に相当)
4.心(中隔から右室)
5.右腎
6.肝右葉
7.膵
8.食道
9.大脳左レンズ核
10.十二指腸
11.脾
12.骨髄
13.副腎

設問

  • 設問A)本症例の病理剖検診断を主病変と副病変に分け、それぞれ箇条書きで記載せよ。
  • 設問B)以下の設問について所定の欄に納まる範囲で解答せよ。
  •   B-1 臨床的問題点1,2に答えよ。
  •   B-2 敗血症の有無について答えよ。
  •   B-3 糖尿病に関連した病変の有無について述べよ。
  •   B-4 臨床的問題点3に関して,腎の病理所見の病因について考察せよ。